2021年3月1日(月)
【老化】
  
寒い。
昼食をキャベツとセロリだけにしたから寒いのだろうか。
ただ、ドレッシングとマヨネーズは滅茶苦茶かけたし、カロリーはかなり摂取できているはずなので、胃と腸の怠慢かと思う。
昨日はそういう休日だった。


昔では信じられないようなことが億劫になったり、面倒に感じたりすることはままあることだと思うが、私は最近、漫画を積んでいます。

いわゆる、最近流行の、積読というやつである。(積読というの、最近の造語だと思っていたが、ネットで調べたところ明治からある言葉らしい。大変驚いているけど、私はネットを鵜呑みにしないタイプの人間であるので半信半疑といったところである。でも、みかんは風邪だけじゃなくて骨にも良いらしいとテレビでやっていたので毎日食べているし、音楽の先生がモーツァルトを聴くと頭が良くなると言っていたので、高校生の頃毎日モーツァルトを聴いていた時期がある。)

こと最近に絞れば、レンタル漫画を借りて読んで返却するというルーチンをつつがなく遂行しようとするあまり、購入した漫画を読むのを後回しにする状態が続いて、積読につながっている。
そう言うと、ツタヤが諸悪の根源のようですが、私は地方の個人営業の書店ではないのでそうは言わないし、漫画積読が始まったのは昨日今日の話ではなく、社会人になってからのように思う。

元来、私は好きな漫画を読むタイミングはかなり気にするタイプである。

前の巻を読み返す時間が十分に取れるかとか、読んだ後に余韻に浸れる時間があるか、読んでいる最中にふと思い出してしまいそうな嫌な案件(仕事・プライベート問わず)はないかなどを気にする、とっても繊細な人間なんです。
学生時代はそこまで気にしていなかった、というか、今思えば自由に扱える時間がそこそこあったから気にする必要もなかったんでしょうが、社会人になるとそうもいかないので、その日がお休みであっても、次の日の仕事が気に掛かるとか、そもそも休日出勤をしなくてはならなそうだと思うと、その日に「楽しい時間」を作るのがもったいなくて、本当に読みたい漫画にこそ手が出せないわけです。

ただ、それでもちょっと気を紛らわせられるような楽しい思いがしたいとなると、目の前に封を開けていない漫画があるのに、アプリで見知らぬ漫画を読んだり、YOUTUBEをぼうっと眺めたりするわけです。

あるのに、目の前に、自分を楽しませてくれること間違いなしの漫画が。だのに、私、手を出さないわけです。
何故か。

これは要するに、「本腰を入れる」ことに対する面倒さである。
僕は、映画やドラマ、アニメをほとんど見ないんだけど、それは別に映画やドラマやアニメがつまらないから見ないのではなくて、それもまた、本腰を入れて作品を味わおうとする(作品を味わうという表現を生まれて初めてしたように思うが、否定的な文脈で大変つらい)ことが大変面倒だからである。

そもそも、見るからにはしっかり楽しみたい派であるので、それはつまるところ、見るからにはどれくらい労力が掛かるのかという算段が頭の中で始まってしまって、3時間の映画を見るならその日1日は映画の日にしないといけないとか、毎週のドラマやアニメを追うために1週間の予定を立てなければいけない、この時間にはテレビの前にいなければならないとかそんなことばかり頭をよぎり、もう、物事を楽しむことに付随するあれやこれやへの億劫さが颯爽と登場して私の出鼻を挫くのである。

最近は、趣味というのも全くそうだなと思っている。
多少頑張ったり、時間を掛けたり、苦労をしたりしないと楽しめないのが、どうやら趣味らしいと気が付いた。
苦労を苦労と思わないものが趣味なのだと言う人もいるかもしれないが、確かにそういうものもあるし、僕からするとだらだら漫画を読むというのは正にそういうことなんだけど、最近私が求めている面白味とか、楽しさとか、張り合いというのは、どうやらちょっとした苦労の先でしか手に入らなさそうであると思っている。

要するに(本日2回目)、ないものねだりを日々繰り返しているわけです。

と、言いつつ、最近は配信というものがあるので、ネットでアニメが追えるわけで、この前、私、10年ぶりくらいに、放送期間中の12話のアニメを追うことができました。
科学の発展に感謝です。
私も歩み寄ります。
横着しません。
歳は取りたくないです。
未成年が楽しんでるものを私も楽しみたいです。
アップルミュージックでYOASOBIとモーツァルトを交互に聴きます。
科学の発展に感謝します。
YOUTUBEの広告もちゃんと見ます。
横着しません。
歳は取りたくないです。



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